2017年10月20日

夢 第十夜 千年前のラブレター

棚田の思い出を大切にするあまり

皿を押さえる指先に少々力が入り過ぎたようだ

来たときと同じように白く厚い雲に突っ込んだ時

ココ丸の体が大きく揺れ

私はあわててポケットから手を引き抜いた

その時 まだ柔らかい皿の端を少し欠いてしまった

指先の感触でわかった

しまった と動揺する私の鼻先を

マスターが淹れた深煎りコーヒーの香りがくすぐった

「ココ丸 元の世界に戻れるのか?」

「大丈夫 この香りを辿っていけば帰れる たぶん」

頼もしくも 怪しげな竜神様の首にしがみつきながら

私の心はまだ棚田の上を飛んでいた

私は恋をしたのだろうか

70歳を過ぎたゲーテは17歳の少女に恋をしたという

ならば私が棚田の少女に恋をして何が悪い



マスターの豪快なくしゃみで目が覚めた

私はテーブルに突っ伏していた

ゆっくり頭を上げると目の前にココ丸がいた

「無事に戻ってこられたんだね」

しかしココ丸は人形のように黙っている

そこにいたのは 動かないし 空も飛ばない ただの人形だった

あれは夢だったのか あまりにもリアルな夢

手の平にはまだ鱗の感触が残っている

よくドラマなどで 夢の中でもらった手紙や折り鶴が

ポケットから出てくるシーンがある

そうだ 私はポケットの中を探った 

しかし 何も入ってはいなかった


テーブルを挟んで私の向かいに座っていた客が 

読んでいた新聞を置いて店を出て行った

何気なく開かれたページの見出しを見て 

私の目はその記事にくぎ付けになった


『平安和歌刻んだ土器が出土 ひらがなの伝播知る手がかりに』

そして タイトルの下に掲載されている写真は

紛れもなく 棚田の少女が私にくれた あの皿であった

皿の左下の一部が欠けている

はっとして 私はもう一度ポケットの中を慎重に探った

あった 小さな欠片がひとつ

指先でつまんで取り出すと 表面に「み」らしき文字が読み取れる


記事によると 

「ナンダカ遺跡で発掘された皿は

平安中期の10世紀ごろに制作されたとみられ … 」

あれは平安時代だったのか

皿に書かれた文字は やはり和歌だった
 
「一部が欠けているものの 欠けた部分の文字は「み」と推測され … 」

そうだ 「み」 だ  正解である

皿の上でうねった文字は 整った和歌に読み解かれていた


我により 思ひくゝらむ 絓糸(しけいと)の あはずやみなば 更ふくるばかりぞ


「恋歌のようにも見えるが、都からきた国守が別れの席で

地方の有力者に配ったものではないか」

博物館の館長は推測している

おっさん が おっさん に送った歌とは思えないのだが

また別の研究者の見解は

「粗末な絹糸を意味し、恋の和歌で用いられる「しけいと」という言葉があり、

惜別の思いを詠んだとみられる」

そうだ 恋の和歌だ 

少女が私にくれた恋の和歌

私がもらった千年前のラブレターだ


いとおしい土器の欠片をそっとハンカチで包み 

もう一度ポケットにしまった

「楽しい夢をありがとう」

ココ丸の鼻先を人差し指でチョンと突いて 店を出た

雨は上がり 青空が戻っていた

店の入り口に置かれた看板を見て

その時初めて 店の名前を知った 

「珈琲茶房 壺中」

そうか 壺々丸(ここまる) だったのか

私はもう一度ポケットの中身を確かめると 

朝市通りを海に向かって歩き出した



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」



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2017年10月19日

夢 第十夜 千ラブ 「田毎の月」

最後の田に足を踏み入れようとした時 

少女が私の腕をつかんで首を横に振った

「マタァアスゥニ」

「マタァアスゥニ」が「また明日に」に変換されるまでしばし間があった

日本語離れした発音である

「また明日に」 あした?

「いま」が永遠に続けばいい

これはこんな時に言うセリフだと思った

このままここで生きていくのも悪くない


「もう帰らなくちゃ」

野暮な竜神様の一言で 現実に引き戻された

私はココ丸と共に 湧き水の傍らに立っていた

少女は干してある土器の皿を一枚一枚指で触れて

何かを確かめていた

「さあ行くよ」

ココ丸が畳んでいた足を伸ばして離陸体制に入ると 

少女が慌てて声をかけてきた

「マティタマァエヤ」

「マティタマァエヤ」これは「待ちたまえや」だな 慣れてきたぞ

少女は干してある皿の一枚を取ると 

竹串のようなもので皿に何やら書き始めた

乾いているところは硬くて彫れないので 

まだ柔らかいところを選んで書いているようだ

急いで書いた文字が皿の左半分に無理やり詰め込まれ 

うねっている

ココ丸の鼻先で尻をつつかれた私は

渋々ココ丸の背中にまたがった

そして少女が差し出した皿を受け取った

ひらがなのようだ なんとか読める 

しかし 悔しいが理解できない


われによりおも

ひくくらむしけい

とのあはすやみ

なはふくる

はかりそ



もし和歌ならば 字配りはめちゃくちゃだ

でも少女がくれた大切な贈り物

そっと上着のポケットにしまい

彼女の瞳を真っすぐ見つめ 

出来る限り優しい声で言った

「ありがとう さようなら」


「じゃあ行くよ おじさん」

「こんな時 おじさん って呼ぶな」

「だぁって おじさんでいいよ って言ったじゃん」


私はココ丸に頼んで 棚田の上をゆっくり飛んでもらった

澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み

最後にもう一度少女を見ようと探したが

彼女の姿はどこにもなかった

日はすっかり暮れ 最後に一枚だけ植え残した田の水面に 

上弦の月が映っていた

そしてその月影が 隣の田へ移り そのまた隣の田へ移りしながら

飛んでいる私を追うようについてきた

少女が月影に姿を変え 私を追いかけてきたのだ きっとそうだ

田毎の月とは こういうことを言うのだなと その時わかった



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」



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2017年10月18日

夢 第十夜 千ラブ「千枚田」

みごと変身を遂げ 生臭い息を吐く巨大なココ丸に 私は恐る恐る近づいた

「背中にまたがって 首につかまって!」

体はでかくなっても 可愛らしい声はそのままだ

私が背中にまたがったことを確かめもせず ココ丸は上昇し始めた

あやうく置いて行かれるところだった

この竜神様 かなり短気な性格のようだ

天井を突き抜け 屋根を突き破り 雨雲を蹴散らし 

真っ青な夏の空をグングン昇っていく

ココ丸の首は私が両手をまわしてちょうどいい太さだが

振り落とされないようにしがみついているのがやっとだ

鱗がチクチクして痛い

やがて真っ白な厚い雲の層に突っ込んだ そして

マスターが淹れる深煎りコーヒーの香りが鼻をかすめたかと思うと

厚い雲が晴れ 眼下に棚田が広がっているのが見えた

狭い崖地に小さな田が何枚も

海に向かってなだれ込むように並んでいる

空は限りなく青い いや碧い そして空気も 澄んだ味がする

さっきまで 鼻から吸っていた空気とは何か違う

もっとピュアな 原始の味 太古の味

太古の風を切ってココ丸は棚田を見下ろす丘の上に降り立った

下の棚田へ水を送る湧き水が流れ出ていて 

その脇に土で作った皿が何枚も並べて干してある

皿はCDくらいの大きさで 乾き始めたところと まだ乾いていないところが

皿の表面にまだら模様をつくっている

大きさも均一ではないし 丸い形もややいびつなので 

土器と呼ぶのがふさわしかろう

何に使う皿だろう

あたりに人影はない

「おい 千枚田に行きたいと言ったのに ここはどこだ」

「う〜ん ボクにもよくわからない 

さっき雲の中でコーヒーの香りがしたでしょ ボクの大好きな香り 

あの時どうやら道を間違えたみたいなんだ」

「じゃ 私たちは迷子か?」

その時 どこからか唄が聞こえてきた

フォトトギスヨオレヨカヤトゥヨオレナキテゾワレファタニタトゥ

女の人の声だが ちょっと低い声でゆったりと唄っている

しかし 何を唄っているのかさっぱりわからない

そのまるで異国の言葉のような響に誘われて

気付くと私は田んぼの畦に立っていた

目の前では 盆のような平たい編み笠を頭にのせた少女が

ひとりで田植えをしていた

着ているものは着物のようにみえる

どうやら私たちは道に迷ったのではなく 

時間を間違えたようである

少女は苗をひとつ植えると一歩後ずさりして また次の苗を植える

体を二つに折り曲げて 後ろ向きに進んでいく

私が聞いたのは、この少女が唄っている田植え唄だった

フォトトギスヨオレヨカヤトゥヨオレナキテゾワレファタニタトゥ

何度聞いても 何を言っているのかわからない

私はしばらくぼんやりと少女の田植えを見物していた

少女は私に気が付くと 田の上を滑るようにして近づいてきた

田んぼの泥に足を取られることもなく

そして苗をひとつ無言で私に差し出した

その手は田んぼの泥で汚れてはいなかった

田植えを手伝えということらしい

美しい少女だった

陶器のような白い肌 ほんのりと染まった頬の桃色が

さらに肌の白さを際立たせている

切れ長の目の上に 三日月眉が行儀よく並んでいる

唇は小さくぽってりとして 薔薇の蕾を思わせる

白雪姫が日本人だったら きっとこんな顔に違いない

ふと ぽーっと見とれている自分に気づいて我に返り 

年甲斐もなくどぎまぎしてしまった

私は慌てて苗を受け取り 靴を脱ぎ 靴下を脱ぎ 

ズボンの裾をまくり上げ 田んぼに足を突っ込んだ

春の田の水はひんやりとして 

のぼせた頭を冷やすのにちょうどよかった

少女に後れを取らぬよう 

私は必死でひとつ苗を植えては一歩後ずさりしてまた植えた

どんどん後ろへ進む 少女と並んで進む

聞こえるのは 鳥のさえずりと波の音だけ

少女は時折私を振り返り 軽く微笑む

薔薇の蕾が軽くほころぶ

私はぽーっとする

どれくらい時間が経っただろう

苗を植え残した田があと一枚になった

いつしか日は傾き 海に沈む夕日が棚田を朱色に染めていた

ココ丸のことなどすっかり忘れていた



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」



posted by 蕎麦屋の女将 at 21:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする