2017年10月19日

夢 第十夜 千ラブ 「田毎の月」

最後の田に足を踏み入れようとした時 

少女が私の腕をつかんで首を横に振った

「マタァアスゥニ」

「マタァアスゥニ」が「また明日に」に変換されるまでしばし間があった

日本語離れした発音である

「また明日に」 あした?

「いま」が永遠に続けばいい

これはこんな時に言うセリフだと思った

このままここで生きていくのも悪くない


「もう帰らなくちゃ」

野暮な竜神様の一言で 現実に引き戻された

私はココ丸と共に 湧き水の傍らに立っていた

少女は干してある土器の皿を一枚一枚指で触れて

何かを確かめていた

「さあ行くよ」

ココ丸が畳んでいた足を伸ばして離陸体制に入ると 

少女が慌てて声をかけてきた

「マティタマァエヤ」

「マティタマァエヤ」これは「待ちたまえや」だな 慣れてきたぞ

少女は干してある皿の一枚を取ると 

竹串のようなもので皿に何やら書き始めた

乾いているところは硬くて彫れないので 

まだ柔らかいところを選んで書いているようだ

急いで書いた文字が皿の左半分に無理やり詰め込まれ 

うねっている

ココ丸の鼻先で尻をつつかれた私は

渋々ココ丸の背中にまたがった

そして少女が差し出した皿を受け取った

ひらがなのようだ なんとか読める 

しかし 悔しいが理解できない


われによりおも

ひくくらむしけい

とのあはすやみ

なはふくる

はかりそ



もし和歌ならば 字配りはめちゃくちゃだ

でも少女がくれた大切な贈り物

そっと上着のポケットにしまい

彼女の瞳を真っすぐ見つめ 

出来る限り優しい声で言った

「ありがとう さようなら」


「じゃあ行くよ おじさん」

「こんな時 おじさん って呼ぶな」

「だぁって おじさんでいいよ って言ったじゃん」


私はココ丸に頼んで 棚田の上をゆっくり飛んでもらった

澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み

最後にもう一度少女を見ようと探したが

彼女の姿はどこにもなかった

日はすっかり暮れ 最後に一枚だけ植え残した田の水面に 

上弦の月が映っていた

そしてその月影が 隣の田へ移り そのまた隣の田へ移りしながら

飛んでいる私を追うようについてきた

少女が月影に姿を変え 私を追いかけてきたのだ きっとそうだ

田毎の月とは こういうことを言うのだなと その時わかった



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」



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2017年10月18日

夢 第十夜 千ラブ「千枚田」

みごと変身を遂げ 生臭い息を吐く巨大なココ丸に 私は恐る恐る近づいた

「背中にまたがって 首につかまって!」

体はでかくなっても 可愛らしい声はそのままだ

私が背中にまたがったことを確かめもせず ココ丸は上昇し始めた

あやうく置いて行かれるところだった

この竜神様 かなり短気な性格のようだ

天井を突き抜け 屋根を突き破り 雨雲を蹴散らし 

真っ青な夏の空をグングン昇っていく

ココ丸の首は私が両手をまわしてちょうどいい太さだが

振り落とされないようにしがみついているのがやっとだ

鱗がチクチクして痛い

やがて真っ白な厚い雲の層に突っ込んだ そして

マスターが淹れる深煎りコーヒーの香りが鼻をかすめたかと思うと

厚い雲が晴れ 眼下に棚田が広がっているのが見えた

狭い崖地に小さな田が何枚も

海に向かってなだれ込むように並んでいる

空は限りなく青い いや碧い そして空気も 澄んだ味がする

さっきまで 鼻から吸っていた空気とは何か違う

もっとピュアな 原始の味 太古の味

太古の風を切ってココ丸は棚田を見下ろす丘の上に降り立った

下の棚田へ水を送る湧き水が流れ出ていて 

その脇に土で作った皿が何枚も並べて干してある

皿はCDくらいの大きさで 乾き始めたところと まだ乾いていないところが

皿の表面にまだら模様をつくっている

大きさも均一ではないし 丸い形もややいびつなので 

土器と呼ぶのがふさわしかろう

何に使う皿だろう

あたりに人影はない

「おい 千枚田に行きたいと言ったのに ここはどこだ」

「う〜ん ボクにもよくわからない 

さっき雲の中でコーヒーの香りがしたでしょ ボクの大好きな香り 

あの時どうやら道を間違えたみたいなんだ」

「じゃ 私たちは迷子か?」

その時 どこからか唄が聞こえてきた

フォトトギスヨオレヨカヤトゥヨオレナキテゾワレファタニタトゥ

女の人の声だが ちょっと低い声でゆったりと唄っている

しかし 何を唄っているのかさっぱりわからない

そのまるで異国の言葉のような響に誘われて

気付くと私は田んぼの畦に立っていた

目の前では 盆のような平たい編み笠を頭にのせた少女が

ひとりで田植えをしていた

着ているものは着物のようにみえる

どうやら私たちは道に迷ったのではなく 

時間を間違えたようである

少女は苗をひとつ植えると一歩後ずさりして また次の苗を植える

体を二つに折り曲げて 後ろ向きに進んでいく

私が聞いたのは、この少女が唄っている田植え唄だった

フォトトギスヨオレヨカヤトゥヨオレナキテゾワレファタニタトゥ

何度聞いても 何を言っているのかわからない

私はしばらくぼんやりと少女の田植えを見物していた

少女は私に気が付くと 田の上を滑るようにして近づいてきた

田んぼの泥に足を取られることもなく

そして苗をひとつ無言で私に差し出した

その手は田んぼの泥で汚れてはいなかった

田植えを手伝えということらしい

美しい少女だった

陶器のような白い肌 ほんのりと染まった頬の桃色が

さらに肌の白さを際立たせている

切れ長の目の上に 三日月眉が行儀よく並んでいる

唇は小さくぽってりとして 薔薇の蕾を思わせる

白雪姫が日本人だったら きっとこんな顔に違いない

ふと ぽーっと見とれている自分に気づいて我に返り 

年甲斐もなくどぎまぎしてしまった

私は慌てて苗を受け取り 靴を脱ぎ 靴下を脱ぎ 

ズボンの裾をまくり上げ 田んぼに足を突っ込んだ

春の田の水はひんやりとして 

のぼせた頭を冷やすのにちょうどよかった

少女に後れを取らぬよう 

私は必死でひとつ苗を植えては一歩後ずさりしてまた植えた

どんどん後ろへ進む 少女と並んで進む

聞こえるのは 鳥のさえずりと波の音だけ

少女は時折私を振り返り 軽く微笑む

薔薇の蕾が軽くほころぶ

私はぽーっとする

どれくらい時間が経っただろう

苗を植え残した田があと一枚になった

いつしか日は傾き 海に沈む夕日が棚田を朱色に染めていた

ココ丸のことなどすっかり忘れていた



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」



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2017年10月17日

夢 第十夜 千ラブ 「ココ丸」

通り雨に追いかけられ 朝市通りのはずれにある珈琲店に飛び込んだ

雨を降らせた張本人が そこにいるとも知らず

店の奥にはカウンター席もあったが 中央の大きなテーブルに座り

モーニングセットを注文した

「45年やってます」というマスターそのものが骨董品にみえる

薄暗い店内のそこかしこに45年の歴史が堆積していた

開店当初 音響メーカーに特注して作らせたというスピーカーは

使い込まれ 柔らかな音でジャズを奏でている

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自家焙煎した深煎りのコーヒー豆が入ったガラス瓶がいくつも並び 

どれも飴色に輝いている

いや コーヒー豆に見せかけた 魔法の秘薬かもしれない

「愛の妙薬」はどれだろう

そして極めつけは、カウンター席のレンガの床

長年 椅子の足で削られ続け へこんで一筋の溝ができている

あのレンガの溝に なにやら謎が隠されているのかもしれない

例えば 時空の歪みとか...

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45年も経っていれば なにかひとつくらい そんな秘密があってもよさそうである

妄想の一人遊びをしていると 珈琲の香りと トーストの芳ばしい匂いが店内に漂い

マスターが盆を運んできた

盆の上では、コーヒー・トースト・殻を剥いたゆで卵 そして塩の入った小さな瓶が

おしくらまんじゅうしていて 紙おしぼりがはみ出していた

何とも色気のないモーニングである

それでも 私の空の胃袋を満たすにはこれで十分である

やや深煎りのコーヒーを一口啜る

始めに感じた苦みはやがて甘い香りとなって口の中に広がっていく

北陸の海沿いの小さな街でこんなに美味しいコーヒーが飲めるとは思わなかった

伊達に45年ロースターやってないな マスター

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二切れ目のトーストにかぶりついた時 何やら視線を感じ目を上げると

テーブルの上に置かれた 竜の人形と目が合った

松笠で作った鱗がリアルで なかなかよくできている

「さっきの雨 ボクが降らせたんだ お店 暇だから

傘を持ってないお客さんが入ってきてくれるといいなと思って

おじさん 少し濡れちゃったね ごめんね

ボクは “ココ丸”  おじさんは?」

人形が喋った

「私は... いや “おじさん” でいいよ」

これは面白くなってきたぞ

頭の中で 今までに見たことがある竜の絵をいくつか思い出してみたが

どれも恐ろし気なものばかり

でも いま私の目の前でモーニングの盆を覗き込んでいる竜神様は

なんとも可愛らしく 愛嬌がある 

畳んだ尻尾をのばせば 体長30センチといったところか

生意気に口の周りに髭が生えていて

前足で黄色いテニスボールの様な珠をつかんでいる

「お前しゃべれるのか じゃあ、空も飛べるか?」

私は思わず身を乗り出した

カウンターの奥でカップを洗っているマスターには

私たちの会話は聞こえていないようだ

うつむいた禿げ頭が妖しく光っているのみである

ココ丸は そっとマスターの方に視線を走らせ 声をひそめた

「ボク マスターが淹れるコーヒーの香りが大好きなんだ」

「そんな事聞いてない 空を飛べるのか?」

私もつられて内緒話でもするようにココ丸に顔を近づけた

「私を背中に乗せて空を飛んでくれたら 雨を降らせたことを許してあげよう」

まるでおとぎ話のような展開である

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「どこに行きたい?」 話の分かる竜神様だ

壁にかかった千枚田の版画が目に留まったので 私は子供のように無邪気に答えた

「千枚田 昨日も見てきたけど 日本海に沈む夕日を背景に もう一度千枚田が見たい」

私の話を最後まで聞かず ココ丸の体は地鳴りと共に膨張し始めた

テーブルからあふれ出した体は床へこぼれ落ち 

奥のカウンターに向かってみるみる伸びていく

ココ丸の尻尾が当たったモーニングの盆はテーブルから滑り落ち

ついでに私も椅子から転がり落ちた

いったいどこまで大きくなるのか

私は腰を抜かしたまま ただただ見守るばかりであった

やがてココ丸の体は謎のレンガの溝にすっぽりとはまり込み成長を止めた

地鳴りも治まり 店の中は静まり返った

時空の歪は やはりここにあった



石臼碾き手打そば 「 百日紅 」





posted by 蕎麦屋の女将 at 18:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする